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クリントン大西の裏日記

2017

0819
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2010

0216
23:10

ちょっと作業的にメンドイので、トリコ更新は明日(正直者)。

今夜は久々に寒い。今月は「雨の日」続出。今年は寅年。自分の干支が5度廻ってきて還暦か。バレンタインデーは毎年廻ってくるが・・・・自分には関係ない日なので特に意味はないです。



おやじパラパラ。8年前かな、これのDVDを買ったの(買っちゃったんだぜ)。今観るとビミョーな動画だが、当時は大爆笑。


美形よりモテる! 気が利く人のルール


いいよね、気が利く人。何がいいかっていうと、会話でポツンと取り残された人に、適時振ってあげられる余裕とやさしさが。

先日、JM氏邸にトラル氏がいらっしゃり、わたしとアシャー氏を加えた4人で会ったのだけども、トラル氏が「漫画の話とかぜんぜん分からない」と言ってるにも拘わらず、漫画の話ばっかりするんだよな。気が利かねぇってレベルじゃねえぞこれ


【活字利権2010】日本が再販に固執する間に、電子書籍はどんどん進化していく


「マスコミ嫌い」という時、まず思い浮かぶのは新聞やテレビ、雑誌だが、小説や漫画だって一種のマスコミだ

書籍の場合、利益の「取り分」は現在こうなっている。

小売:20%
取次:10%
印刷・製本:35%
出版社:25%
著者:10%

電子化されると、「小売りコスト(書店の利益)」が激減し、印刷・製本コストも(ほぼ)なくなる。「取次」とかいう謎の中間搾取も消えるので、原理的には出版社を従来通り介したとしても、65%安く本を提供できる。出版社的には、電子化により「返本リスク」の負担が減るから、もうちょっと取り分を減らせるかも知れない。

ただ、これは出版社に都合良く見た場合のモデルで、例えば筆者がAmazonとかと直接契約するようになれば、出版社分の「25%」も消える。編集者は必須としても、それを必ず大出版社に依存しなければならない理屈は(理論的には)ない。


いわゆる“再販制度”が唱える正義は、

「書籍単価が自由化されてしまうと、売れる本しか書店に置かれなくなる。要するに、コンビニに並んでいるような本ばかりになる、ということ。これでは文化が保てない」

────てなもんだが、物理的な陳列スペースが必要な『従来の本』については、この理屈がある程度当てはまる。あながち、そこまでナンセンスな制度ではない。

ただ、電子書籍には当てはまらない(そりゃそうだ)。

まぁ、どう「変わる」のかな。わたしも毎度、あれこれ予測を立ててはいるが、未来のことは「なって」みないと分からない。
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