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クリントン大西の裏日記

2017

0525
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2008

0326
16:11

コンピュータRPGの元祖はウィザードリィ。もともとハイ・ファンタジー小説『指輪物語』の世界観を再現して遊びたい、という欲求から、世界で最初のテーブルトークRPG「D&D」がアメリカで作られた訳だが、それを更にパソコンで遊べないか? ということで製作されたのがこの「ウィズ」だ。

一方、日本で最初のコンピュータRPGは何か? 諸説ある。どの時点のゲームをRPGとして扱うかによっても変わるからだ。ただ、一応『日本で市民権を得た』最初のゲームは、恐らく誰もが知る、あの『ドラゴンクエスト』だとは思う。以後、様々なスタイルのコンピュータRPGが出回った。その「どさくさ」で、RPG風のゲームブックや、『元祖』であるTRPGもそこそこ広まったが、こちらはコンピュータ版ほどメジャーとは言えない。

コンピュータRPGという時、これは西洋から輸入されたゲームという事情もあったのか、とりあえず世界観は『中世ヨーロッパ風』で、ドラゴンとか「剣と魔法」、専制君主制、よく浚われるお姫様・・・といった風なイメージが根強い。その固定観念をいきなり根底から覆したのは、日本の昔話をテーマとしたファミコン版ゲーム『桃太郎伝説』であろう。

ゲームで桃太郎といえば、むしろパーティゲームである『桃太郎電鉄』の方がメジャーだろうけども、その大元になったのが『伝説』であり、『電鉄』に登場するキャラクターもそこから引っぱってきている。

主人公はモロに桃太郎。きびだんごで犬、猿、キジを仲間にし、鬼を退治しつつ村々の困窮を救い、最終的には鬼ヶ島でラスボスであるえんま大王を懲らしめる。このゲームの異色な点は、あくまで『敵を改心させる』というところにある。つまり、モンスターであってもブチ殺さない。悪の親玉であるえんま大王も、最後は桃太郎の「愛と勇気の心」に屈し、いい人になってしまう。皆が幸せになれる、という、まさに絵空事でしか実現不可能の究極ファンタジーだ。

早い話が「人間性善説」を基調とする物語で、他にも花咲じいさんや浦島太郎、金太郎、かぐや姫など日本昔話で馴染み深いキャラクター・エピソードが出てくるが、本質的に悪人が一人もいない。悪そうに見えても、最終的には全員改心。欺瞞に満ちたおめでたいストーリーといってしまえばそれまでだけども、しかし当時プレイしていて、悪い感情はあまり受けなかった。こんなゲームがあっても良いじゃないか・・・そんなところだったのかも知れない。

その「桃太郎伝説」の続編として出たのが、スーファミ版「新・桃太郎伝説」。

厳密には直系の続編ではなく、前に出た「桃太郎伝説Ⅱ」の大幅リメイク版という方が近い。向上したハードウェアの性能をフルに活かし、前作ではできなかった色々な広がりを見せてくれる。世界観も更に深まり、前作で『改心』したえんま大王より更にもう少しだけ偉い鬼の総大将、伐叉羅王を何とかしなくちゃ、的な展開。せっかく改心した鬼達も再び敵となり、えんま大王も裏切り者として幽閉。まぁ、これだけなら「新」の名に値せぬ、ただのパターン蒸し返しゲームに終わっただろう。

「新・桃太郎伝説」は、続編でありながらも、前作のテーマである「性善説」への強烈なアンチテーゼを内包している。つまり、本作においては本当に救いようのない悪人が鬼側に登場するのだ。たった一人。そのたった一人の『異物』があるだけで、本来ハッピーハッピーな桃太郎伝説の世界が、一気にドス黒い絶望の谷へと転がり落ちてしまう。善の尊さと無力さを同時に体感できるという、今までになくエスプリの利いた構造になっている。前作『桃太郎伝説』の、あまりに無邪気なハッピーエンドさえ伏線としている。

その「悪人」がまた、大物でないあたりも妙にリアルなのだ。シェイクスピア『オセロー』に登場するイアーゴ的とでも言うか、『FFⅥ』のケフカ的とでもいうのか、本人はとても小物なのだが小知恵が廻り、飄々と立ち回っては桃太郎達を苦しめ、ついでに鬼の世界も混乱させる。徹底した利己主義者であり、利用価値なしと見れば、味方の鬼も平気で殺す(本作で、『殺す』のはコイツだけ)。改悛の余地が全くなく、同情の余地も全くない。

一般的な物語において、この手の悪人はそれほど珍しくない。だが、「こいつだけ」という状況設定が、『新・桃太郎伝説』のストーリーを悪辣なものに変えている。子供のころにこんなゲームやったらトラウマになるかも知れない。なまじ桃太郎世界がのんびりした牧歌的ムードを漂わせているが故に、その悪の強烈さが心に焼き付くのである。

何が一番イヤかといえば、この悪人の性質が、人間そのものの本質なのでは? と思い知らされる点だ。「自分が良ければそれで良い」・・・その大袈裟なカリカチュア版が「こいつ」であり、そのたった一人の存在が、幸福なファンタジー世界を一気に瓦解させる破壊力を持つ。そうした通過儀礼をプレイヤーに体験させることにより、逆説的に善の大切さを訴えようという、なかなか野心的な作品だな。

20:59

ニュースで殺人鬼の話が出ていた。思うのは、罪悪感を覚える程度のチンケな殺人鬼だったのだな、というもの。こういうのも道徳教育の成果なのだろう。殺してからでは遅いが・・・。あっさり捕まるのではなく、警官隊に射殺されるまで暴れ狂うということはできないのだろうか。頑張れば何とかなるハズだが。いや、そんな粘り強い人は、最初から「キレ」たりしないのか。なるほど。
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