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クリントン大西の裏日記

2017

1018
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2008

1027
9:13

「とにかく駄目なものは駄目。いうことを聞け」・・・そういう教育方針で育ったというなら、そりゃ子供はアホタレサンになっちゃうでしょうな。言葉が通じないぐらい小さな子供は「叩いて躾る」しかないが、言葉が通じるようになったなら、言葉でその行為の必要性は説明できる。何故、それをしないのか? まったく理解不能だ。

「そもそも説明する能力がない」のか、「自分もそう育ったから、そういう教え方で良いと思っている」のか・・・・いずれにせよ、ちょっと頭が悪い。親がこんなん、というのもなかなか悲惨だが、教師がこんなん、というのはかなり深刻である。何しろ教師というのは、多くの子供達に向け一気に「そう」教える立場の人間だから、被害の範囲がどうしても広くなってしまうのだな。

「屁理屈を言うな」─────と主張する人物は、わたしのこれまでの経験上、あまりモノを考えないタイプである場合が殆どだった。常識を疑わないし、受信した情報もほぼ丸飲みで脳に蓄えてしまう。「検証」もしない、そんなお方達。『答え』は最初から好みのものを決めてしまい、それに沿うように持論を組み立てていく。そして自分に不都合な主張が現れた場合、とりあえず手持ちの材料で反撃を試み、それが成功すれば良し。だが、とても抗えないような状況に追いつめられた時は、そう、「屁理屈を言うな」という必殺ちゃぶ台返しを用い、議論そのものを無かったことにしてしまうのである(持論の修正・・・という「当然あり得るべき選択」は、何故か間違ってもしない)。

また、似たような常套句に、「それぐらい常識で判断しろ」というのもある。まぁ、普通はこれで大抵通るのだが、『その常識』が必ずしも正しくない────というような場合は多少問題だ。例えば、職場なんてのにはほぼ必ず「そこでしか通用しないローカルルール(常識)」みたいなものがある。新参者はその不文律を知らないので、最初のうち戸惑うわけだが、そこで「それぐらい常識で考えたら分かるやろ」などと言われると、まぁ普通はとっても不愉快だ。

その新参者が我慢すれば仕舞(しま)い・・・だが(普通はそれで終わりだろうが)、中にはわたしのような人間もいる。わたしはぶっちゃけ大人げないヤツなので、その『常識』の欠陥点を一から十まで指摘し、クソミソにやっつけてしまうだろう。その後、いつものパターンでは、その先輩のわたしへの対応がやや丁寧になる(一度泣いてしまったオッサンもいた。その時ばかりは『さすがにちょっとやり過ぎたかな』、と反省・・・)。無用なリスクを回避する、という意味でも、「それぐらい常識で・・・」なる便利な言葉は、なるたけ使わないよう心がけたいところだ。

ともあれ、「理屈」抜きでどうこうなる話など、この世には存在しない。どんなさりげない事柄にだって、ちゃんとした『理由』はあるものなのだ。しかし、人間はなかなかカンペキ超人にはなれないので、子供にツッコミを入れられ、答えに窮する時だって・・・・そりゃ、まぁ・・・たまにはあるだろう。

そんな時は、「ええい、うるさい! 昔からそれはそうと決まってるんじゃ! ジャリが生意気抜かすなアホボケカス!」────などと逆ギレしたりはせず、素直に「分からない」と答えようじゃないか。その上で、「でも、それには何か理由があるはず。一緒に考えてみよう」とでも返事するのが、気の利いた教師の態度ってヤツなんじゃないか。

18:26

なんか、世界的な経済危機・・・らしいよ?(他人事かよ)。新聞では連日一面で「もうあきまへん、あきまへん」の大連呼だが、具体的にいってナニが「あきまへん」のん? ・・・って、なるよな。

例の、500円もする経済専門の週刊新聞『日経ヴェリタス』を読んでみよう。こういうのは、とりあえず専門家の意見を聞くのが(月並みだが)無難だ。その上で、自分なりに考える。

ニューヨーク大学のなんちゃら教授とやらが、「数百のヘッジファンドが破綻する」なんて物騒な予言を述べていた。これまでの『常識』で考えるなら、「ははは、アホなことを」というような意見らしいが、今、この教授の「予言」を一笑に付せるような市場関係者は殆どいない。

1930年代のような大恐慌に陥ることを前提にしないと、説明のつかない相場の下落。当時と異なり、国際協調がとられえいることを考えると、明らかに行きすぎ────すなわち大恐慌以上」。

日本は外需に頼って頑張っている経済国であるから、外国のお得意さまがジリ貧になれば、当然こっちもジリ貧になる。諸説に、「今回の米バブル崩壊による日本の受けたダメージは、諸先進国に比べれば小さい」とあるけども、外需に頼る日本としては、なるたけさっさと諸外国に復活して貰わないと先々ヤベーわけだ。

一方、「今こそチャンス」という見方もわりと根強くある。

「皆が貪欲な時には慎重に、皆がおじけづいている時は欲張りになれ」────という、アメリカの投資家ウォーレン・バフェットのモットーが引用されてもいた。確かに、その理屈は辻褄が合っている。ある種、商売の奥義と言えるものかも知れない。

わたしは経済音痴の身の上ではあるけども、『理屈』でモノを考えることは知っている。たぶん、バブリーな拡張経済が今のように破綻した場合、『現金』の価値が相対的に増すだろう。だから、生き残りたければ、「キャッシュリッチ企業」への変身を急ぐのが、当面は正しいとなる。つまり、頑張って全力で借金返済しまくり(デレバレッジ、とかいうアレだ)。

ドルもユーロも急落したので、これまた相対的に円がギャンギャン高騰中。日本の株価下落はニュースで「耳タコ」の緊急事態ではあるが、実際には円高で相殺され、例えば三菱UFJの資産評価はむしろ若干上昇している。日本企業が国際的M&Aをやるとすれば、なるほど・・・確かに今は千載一遇とも言える大チャンスだな(きゃー、またエコノミックアニマルとか言われちゃうのかな?)。

一方、国内のスタグフレーション(収入増えねーのに、物価が上がるよーん現象)はドンドコ進行。今まで異常に安すぎた日本の物価が、ヨーロッパ並ぐらいの水準にまで上がる。世界中で今進行しているのは、つまるところ「物資、エネルギー」などの『現物』価値の上・・・ってハナシになるだろう。

・・・・・・ま、いいんじゃないの? 経済危機上等。

これでちょっとは人類も、食べ物やら製品、エネルギーを大切に使うようになる。世界は良い方向に流れているな────というのが、こたびの「危機」に対する我が感想だ。

20:20

昨日、5年ぶりぐらいで『WS刊島田荘司掲示板』に書き込みをしたわけだが、そこでふと、「よしぎさん」のことを思い出した。かの掲示板で知り合った、得難いネット上の「傑人」といえば、とりあえず一匹狼さん(現・KENJIさん)と、このよしぎさんではないかと思う(イージス艦さん、というのもかなり面白い人だったのだけども、残念ながらあまり個々の交流がなかった)。ドリキャスからネットにアクセス、という一風変わった人物で、『パチプロ(スロプロ)』という、これまた珍しい職業に就いておられた人でもある。

今は、どこにいるのか分からない。わたしが「いいなあ」と思った人は、何故かそのほぼ全員が『孤高の一匹狼』といった風情の方々なので、群れるのを嫌い、ネットから遠ざかってしまった可能性もあるが・・・どうなんだろうね。死んでいないと良いのだが・・・(そういう不吉な展開が、結構リアルに予想される人物だった)。

─────以後は、あくまで個人的意見として。

「WS島田荘司」は、会員登録制(無料)のファンサイトにするのがベストではないかな、と思う(言うなれば、森博嗣のファンサイトのようなアレ)。イベントや広報の効率性、また「荒らし」などの非効率な障害の排除・・・といった観点に立てば、むしろそちらの方がより「善い」・・・かも知れない。

あー・・・・あと以前、わたしは当該掲示板にて、何故か島田荘司サイン入り冊子「パロディサイト事件(下)」が当たったことがある。今だから告白するけども、実は申し込んだ記憶がない(笑)。別のことで名前と住所を書いて送ったことはあったのだけども・・・・たぶん、何かの手違いで、そのまま「当たってしまった」ものと思われる。他の、「申し込んだのにハズレてしまった」応募者の方々にあっては、だからクリントン大西を存分に恨んでくれて良い。
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無題
そういう考え方は一般スタッフには迷惑がられますが、社長クラスには気に入られる考えだと思いますよ。
彼らは普通やらない起業をやってきて風穴をあけてきた人間ですから、常識通りに生きる人よりも共感を生むようです。
僕は凡人に迎合して生きるのはしょうに合わないので、漫画家か社長かどちらかしかやりたくないんですよね…というような事をよく言っていたのですが、大抵の人には「うわ」てな反応をされますが、取引先・取材先の社長や政治家には気に入られる傾向にありました。
健(kencow) 2008/10/27(Mon)13:18:21 編集
無題
学校の先生でも、話の分かる人は、多少こちらが理屈っぽくなっても理解を示してくれるものですね。僕が恩師と呼べる人はそういう人が多かったものです。まあ正直、こちらの態度にもよると思いますけどね。

僕も現在の職場ではあまりに「常識」を前提に話を進める人が多いので辟易して、結局自分で仕事を興すことを考えています。

まあ自分の中のこうした傾向も、小説家になるべく持って生まれた資質なんだろうな~と考えることにしています(笑)

そうそう、前回の記事も拝見しました。ちょっと残念でしたね、そしてお疲れ様でした。電話の内容を読みましたが、自分が応募する小説のことについてどこまで書いて良いものなのか改めて考えさせられますね。

こちらも現在、新作を構想&執筆中です。お互いまた頑張りましょう!
きうり URL 2008/10/27(Mon)13:31:48 編集
意外と「そういう人」多いですよね
>健さん
常識に「守られ」て安穏としたい、という欲求は、確かにエンプロイイー(サラリーマン)に多く見られるように思われます。その方が、圧倒的に「ラクチン」ですしね。自分で自分の人生の舵取りをする気がないのであれば、大層な脳味噌など不要、とわたしなども思います。創作者というのはエゴ強くないとやっていられませんから、どうしてもそういうキャラにならざるを得ませんね(笑)。

>きうりさん
そうですね。ただ、以前も少し触れましたが、「教えを受ける」場合などは、「とりあえず言う通りやってみる」といった姿勢も必要なのでしょう。「ええー、ホントにそんなんで大丈夫かしら?」みたいなアドヴァイスでも、実際にやってみると思わぬ発見があったりもしますしね(無論、なかったりもしますが・・・)。

電話の内容は、あれは自分でも「なんでこんなところでウケを取ってしまうのだろう」なんて思ってしまいました(苦笑)。たぶん今回の福ミス投稿者の中で、もっともスタッフの方々に「メンドクセーなこいつ」と思われていたことでしょう。

次作は・・・受賞作『玻璃の家』の概要が判明したことにより、貴重な情報が得られましたね。まぁ、たぶん次あたり、どちらかが入賞するのではないでしょうか(怖ろしく楽観的に)。
クリントン大西 2008/10/27(Mon)17:44:47 編集
アバ
人は、結果だけを求めていると近道をしたがるものだ。近道をしたとき、真実を見失うかもしれない。やる気も次第に失せていく。
大切なのは「真実に向かおうとする意志」なのだ。
向かおうとする意志さえあれば、たとえ今回がだめだったとしても、いつかはたどり着くだろう。向かっているわけだからな…違うかい?

ジョジョで一番好きな台詞です。クリントン大西が、いずれ「真実」に辿り着く日を心待ちにしていますよ(笑)
みらの 2008/10/27(Mon)18:22:03 編集
訂正(汗)
×クリントン大西
○クリントン大西さん
みらの 2008/10/27(Mon)18:26:16 編集
死んだ警察官!
おお、あのちょっと虚ろな視線の警察官ですな(笑)。そう、結局「どこに向かっているのか?」というハナシですよね。あんまりノンビリし過ぎるのも危険な気がしますけども(苦笑)わたしはわたしなりのペースで、納得のいくようにじっくりやっていきたいと思います。
クリントン大西 2008/10/27(Mon)18:50:43 編集
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