クリントン大西の裏日記
2010
19:17
本日一本目の記事で、「作家志望者がブログとかを書かない or 書いていても検索で引っかからないようにしている」関連のコメントを交わした。
それらを受けた後、更にわたしなりに想像力を広げ、一応の「書かない・広く公表しない」代表的理由を考えてみた次第。ちょいと長くなるが、まぁつき合える人だけつき合って欲しい。何だか知らんが、火がついちまったんだぜ?(笑)
【作家志望者が、ブログなどを書かない・公表しない理由】
・小説を書くのに空き時間を費やしたいので、ブログなどは書かない。
・「作家のパーソナリティ」などの先入観を与えず、純粋に作品を愉しんで欲しい。
・ほかにも仕事をしていて、そういうネット活動がバレるとなんか困る。
・そもそも、ブログなどを書く意味を感じない。
・情報発信は常にリスクを伴う。余計なことを書いて、思わぬトラブルが起こることを事前に回避したい。
─────これらの「混成パターン」が多そうだ。
例えば「時間に余裕がなく」「ブログを書く(積極的な)意味を感じない」・・・・とすれば、まぁ、書かないだろう。オンライン活動を「宣伝・広報」と考えるならば、少なくともそのサイト・ブログが『メディア化』していなければならない。
どこぞのメディア人のお説によると、サイト・ブログが『メディア』の条件を満たす最低ラインは「1日1000アクセス」なのだそうだ。つまり、月間で3万アクセス前後(ちなみに、『クリントン大西の裏日記』平均アクセス数は現在1日あたり400前後だから、まだメディアになっていない)。
こーゆーウェブサイト・ブログの提供コンテンツは「蓄積」がモノを言うので、「作家デビューしてから作っても遅くない」という考えは正直甘い。
森博嗣は90年代後半すげー面白い日記を毎日とんでもない分量で書いていたが、あれだって軌道に乗るまで時間がかかっている。「ネット黎明期で、今より恵まれた環境だったかも知れない」+「中身が確実に面白い」──────でもだ。
わたしはネット上の活動を『広報・宣伝』のみでは考えていないが、一応「それも」視野に入れてはいるので・・・・・具体的に言えば去年の夏あたりから、シコシコと準備を始めている。
現在ここの日記に1日あたり20分~1時間ぐらいはかけている。これは、「その時間が捻出できない」人には難しいだろう。仕事があったり、家庭があったり、周囲に「時間をかけなければならないしがらみ」があったり────それは各人様々「何か」があるだろう。
わたしは人生を調整して時間を捻出できる環境を構築したが、それはたぶん、一般的な「在り方」ではないと思う。「時間がない、なんてのは言い訳だ!」・・・・・いや、本気で冗談抜きでマジメに時間がない、というのは確実にある。『多数派』ではないだろうが────「ある」だろう。
故に、「そういうタイプ」の作家志望者は、小説だけに専念するのが正しい。
次。
「作家のパーソナリティ」などの先入観を与えず、純粋に作品を愉しんで欲しい・・・・・既存のプロ作家の大半は、それから言えば『失格』だな。
例えば、わたしはこういう夢想をたまにする。
大作家、中堅作家、新人作家・・・・に加え、『まだ賞も取っていない小説書き』をごっちゃに混ぜて、完全匿名で小説の短編集を作る(誰が参加する、というのは当然伏せて)。そしてオンラインで人気投票をやり、1位から最下位までを決定。すげー愉快なことになると思うんだ、コレ(笑)。
無論、こんなアイディアは絶対実行されない。「大作家」「中堅作家」にとっては、ほぼデメリットしかないもの。勝って当然、負けたら恥さらし────こんなモンに敢えて参加する大馬鹿は、わたしと同種の連中だけだ。
「先入観を与えず、純粋に作品を愉しんで欲しい」
・・・・・これは真の強者の理論。
そしてきっと、大半の「小説書き(プロも含む)」はソレではない。わたしも、その意味では「弱者」だろう。
純粋に作品のみで勝負したい、という欲望がある反面、「でももし、自分に今まで築き上げてきた“ブランド”があるとすりゃ、それは遠慮なく利用しちゃいそうなのよ?」────────故に、この理由は『一般的な理由』としては挙げにくい。
「(ほかにやっている)仕事の関係で、あまり自分を出したくない」
たとえ職場にヒミツでブログなどをやっていたとしても、それを「作家共通ペンネーム」でやった場合、受賞後に困ると。印税処理の関係で、どうしても会社に「作家になりました」はバレる。
「え、何て本なの? 今度買うよ。ペンネームは?」
「いや、そのぉ~・・・・」
これは絶対あるな。
わたしはご存じ「馬鹿者」なので、過去の職場にいた時もウェブサイトは全オープン。同僚も、上司も、みんな知ってる状態。そこで職場批判まで書いていたってンだから、我ながら大したアホである。
いやまぁ、実際特に何の問題もなかったんだけどね──────それはわたしのキャラクターによるところも大きいのか知れんし、そうだな・・・・・・コレもまた、「一般例」としては挙げにくい。普通は「隠したい」だろう。
わたしよりも遥かに穏便で、遥かに無難で、遥かに人畜無害な内容だったとしても・・・・・そう、どこで誰の逆鱗(げきりん)に触れるかは「分からない」のだ。極めて現実的、理性的処置と言える。
【情報発信は常にリスクを伴う】
・・・・・これは真理だろう。その意味では「小説を発表することさえ危険」だが、まぁそれは仕方がないとして──────可能な限りリスクを回避したい、という欲求は理解できる。
うーん。
長々と書いてきたが、結論らしきものが見えてきたぞ。
要約するに、こうだ。
「リスクを回避したい」
「時間がない」
─────結局、この2つに絞られる。
『福ミス』第一回、一次選考通過者のうち、わたし以外でサイト・ブログを発見できたのは20人中1人。第二回は、やはり(前回との重複者もあるが)16人中1人。
平均して、「条件」をクリアする作家志望者は5.6%となる(わたしを抜いて)。
※「条件」=投稿者と分かる形でブログなどを運営(一定のリスクを据え置いてもそれをやる意義を感じ、実際に行動し────そして、それができる「時間」を持つ人間)
こうして数字に出してみると・・・・・・
「あ、そんなモンなのかも」という気がしてくるから不思議だ。
うん、そうだな。それぐらいの数字が「妥当なライン」なのかも知れない。
本日一本目の記事で、「作家志望者がブログとかを書かない or 書いていても検索で引っかからないようにしている」関連のコメントを交わした。
それらを受けた後、更にわたしなりに想像力を広げ、一応の「書かない・広く公表しない」代表的理由を考えてみた次第。ちょいと長くなるが、まぁつき合える人だけつき合って欲しい。何だか知らんが、火がついちまったんだぜ?(笑)
【作家志望者が、ブログなどを書かない・公表しない理由】
・小説を書くのに空き時間を費やしたいので、ブログなどは書かない。
・「作家のパーソナリティ」などの先入観を与えず、純粋に作品を愉しんで欲しい。
・ほかにも仕事をしていて、そういうネット活動がバレるとなんか困る。
・そもそも、ブログなどを書く意味を感じない。
・情報発信は常にリスクを伴う。余計なことを書いて、思わぬトラブルが起こることを事前に回避したい。
─────これらの「混成パターン」が多そうだ。
例えば「時間に余裕がなく」「ブログを書く(積極的な)意味を感じない」・・・・とすれば、まぁ、書かないだろう。オンライン活動を「宣伝・広報」と考えるならば、少なくともそのサイト・ブログが『メディア化』していなければならない。
どこぞのメディア人のお説によると、サイト・ブログが『メディア』の条件を満たす最低ラインは「1日1000アクセス」なのだそうだ。つまり、月間で3万アクセス前後(ちなみに、『クリントン大西の裏日記』平均アクセス数は現在1日あたり400前後だから、まだメディアになっていない)。
こーゆーウェブサイト・ブログの提供コンテンツは「蓄積」がモノを言うので、「作家デビューしてから作っても遅くない」という考えは正直甘い。
森博嗣は90年代後半すげー面白い日記を毎日とんでもない分量で書いていたが、あれだって軌道に乗るまで時間がかかっている。「ネット黎明期で、今より恵まれた環境だったかも知れない」+「中身が確実に面白い」──────でもだ。
わたしはネット上の活動を『広報・宣伝』のみでは考えていないが、一応「それも」視野に入れてはいるので・・・・・具体的に言えば去年の夏あたりから、シコシコと準備を始めている。
現在ここの日記に1日あたり20分~1時間ぐらいはかけている。これは、「その時間が捻出できない」人には難しいだろう。仕事があったり、家庭があったり、周囲に「時間をかけなければならないしがらみ」があったり────それは各人様々「何か」があるだろう。
わたしは人生を調整して時間を捻出できる環境を構築したが、それはたぶん、一般的な「在り方」ではないと思う。「時間がない、なんてのは言い訳だ!」・・・・・いや、本気で冗談抜きでマジメに時間がない、というのは確実にある。『多数派』ではないだろうが────「ある」だろう。
故に、「そういうタイプ」の作家志望者は、小説だけに専念するのが正しい。
次。
「作家のパーソナリティ」などの先入観を与えず、純粋に作品を愉しんで欲しい・・・・・既存のプロ作家の大半は、それから言えば『失格』だな。
例えば、わたしはこういう夢想をたまにする。
大作家、中堅作家、新人作家・・・・に加え、『まだ賞も取っていない小説書き』をごっちゃに混ぜて、完全匿名で小説の短編集を作る(誰が参加する、というのは当然伏せて)。そしてオンラインで人気投票をやり、1位から最下位までを決定。すげー愉快なことになると思うんだ、コレ(笑)。
無論、こんなアイディアは絶対実行されない。「大作家」「中堅作家」にとっては、ほぼデメリットしかないもの。勝って当然、負けたら恥さらし────こんなモンに敢えて参加する大馬鹿は、わたしと同種の連中だけだ。
「先入観を与えず、純粋に作品を愉しんで欲しい」
・・・・・これは真の強者の理論。
そしてきっと、大半の「小説書き(プロも含む)」はソレではない。わたしも、その意味では「弱者」だろう。
純粋に作品のみで勝負したい、という欲望がある反面、「でももし、自分に今まで築き上げてきた“ブランド”があるとすりゃ、それは遠慮なく利用しちゃいそうなのよ?」────────故に、この理由は『一般的な理由』としては挙げにくい。
「(ほかにやっている)仕事の関係で、あまり自分を出したくない」
たとえ職場にヒミツでブログなどをやっていたとしても、それを「作家共通ペンネーム」でやった場合、受賞後に困ると。印税処理の関係で、どうしても会社に「作家になりました」はバレる。
「え、何て本なの? 今度買うよ。ペンネームは?」
「いや、そのぉ~・・・・」
これは絶対あるな。
わたしはご存じ「馬鹿者」なので、過去の職場にいた時もウェブサイトは全オープン。同僚も、上司も、みんな知ってる状態。そこで職場批判まで書いていたってンだから、我ながら大したアホである。
いやまぁ、実際特に何の問題もなかったんだけどね──────それはわたしのキャラクターによるところも大きいのか知れんし、そうだな・・・・・・コレもまた、「一般例」としては挙げにくい。普通は「隠したい」だろう。
わたしよりも遥かに穏便で、遥かに無難で、遥かに人畜無害な内容だったとしても・・・・・そう、どこで誰の逆鱗(げきりん)に触れるかは「分からない」のだ。極めて現実的、理性的処置と言える。
【情報発信は常にリスクを伴う】
・・・・・これは真理だろう。その意味では「小説を発表することさえ危険」だが、まぁそれは仕方がないとして──────可能な限りリスクを回避したい、という欲求は理解できる。
うーん。
長々と書いてきたが、結論らしきものが見えてきたぞ。
要約するに、こうだ。
「リスクを回避したい」
「時間がない」
─────結局、この2つに絞られる。
『福ミス』第一回、一次選考通過者のうち、わたし以外でサイト・ブログを発見できたのは20人中1人。第二回は、やはり(前回との重複者もあるが)16人中1人。
平均して、「条件」をクリアする作家志望者は5.6%となる(わたしを抜いて)。
※「条件」=投稿者と分かる形でブログなどを運営(一定のリスクを据え置いてもそれをやる意義を感じ、実際に行動し────そして、それができる「時間」を持つ人間)
こうして数字に出してみると・・・・・・
「あ、そんなモンなのかも」という気がしてくるから不思議だ。
うん、そうだな。それぐらいの数字が「妥当なライン」なのかも知れない。
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